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ブログ

2021.06.08

鈴の音に引き寄せられて

仕事柄、定期購読している骨董雑誌がある。

そこにはたくさんの骨董屋さんの広告頁が出ているが、数ヶ月前からある広告が気になっていた。

骨董屋とは、大体が漢字の重々しい屋号で、こちらが威圧感を感じるのが目的なのかはわからぬが、とにかくそんな感じである。

ところが目についた骨董屋の屋号はアルファベット、しかも英語ではなく、どうやら造語らしいのである。

グラフィックも、何やら今にも倒れそうな、風邪で寝込む寸前、のような脱力感満載のものなのだ。

驚きはもう一つ、その場所である。

その雑誌に掲載されるのであれば、お約束であるような京橋界隈ではない。

全く違う,いわゆる住宅街として認識されている場所である。

驚き三連発の上に、掲載されている骨董は至極まっとうな、というか由緒正しき感じの作品で、印象に残った。

昨今は骨董屋といえども,時代の波に抗うことはできない。

一昔前であれば、そんなもの、とそっぽを向きそうないわゆる重鎮骨董屋さんもSNSを無視できない時代になった。

私も、SNSでは骨董屋さんを数箇所フォローしている。

最近はAIによる解析で、私が興味を持ちそうなものは勝手に紹介されてくる。

そんな中で、鈴の展示の記事を載せているアカウントがあり、おや、と思いフォローしてみた。

なんでも6月にコレクターが長年に渡って集めてきた鈴の展示販売をするという。

鈴である。

鈴は、今から10年くらい前に三個ほど縁があり、手に入れたことがある。3点とも江戸時代のもので、一つは馬鈴、一つはお寺さんの鈴、もう一つはわからない。

その後、良いな、と思った鈴を骨董屋で見かけ、価格を聞いてみたら50万円といわれ、速攻諦めた。

10年を経て、再び鈴である。

しかもコレクターの集めてきたものである。

なんでも、明治時代に集めたものらしい。ということは所有者はもう亡くなっているはずだ。

これは行ってみたい!と心を決め、あらためてアカウントのプロフィール欄をみてみたら、なんと私が目を留めていたあの革新的骨董屋さんだったということがわかって、二度驚いたのだった。

展示は午後1時からだとのことだったが、整理券を配るらしい。

整理券で順番を決め云々は、最近の傾向とは思うのだが、わたしはふらっと出かけ、そこにあるものの中から縁のあったものを持ち帰ることを好む。

多分、目指すものだけを目的に出向くと、見落としてしまうものだらけになってしまうから、その時のライブ感を大事にしたいと思っている。

これは過去にいろいろな買い方をしてきた末に得た私の結論だ。

店についたのは2時過ぎ頃だったか。

展示物はトータル108点とのことだったが、さすがに半分くらいになっていたのだろうか。

でもまだまだ選ぶ余地はあるのでかなりの時間をかけて数点を選んだ。

中国清朝の鈴、江戸時代の実用鈴、装飾鈴、華鬘鈴、面白いのが、江戸時代の神品ブームとして復刻された古代鈴などである。

また店にいた時間が愉快であった。

物腰柔らかで誠実な感じの店主に引き寄せられたお客さんたちも、そんな感じの方々ばかりで、自然に話が始まり、お互いに知識を分け合ったり、私がめざす「感性のおすそ分け」が自然な形でなされているのである。

そんなわけで思ったよりもずっと長い時間、店内で過ごすこととなった。

最後の嬉しいおまけは、コレクターがその愛する鈴を収めていた清朝の漆箱を購入できたことである。

最初は、箱を販売しているとは気づかず、店内にのんびり長くいたので「あれ、もしや売り物かしら?」と思って聞いたところ売り物と分ったのだった。

帰宅後、あらためて箱を開け、鈴を一つずつ,ちりんと振ってみた。

時代の音である。

心が、いにしえの時代にリンクし、しばし彷徨う豊かで贅沢な時間を得た。

鈴の音にしばし魂を委ね、最近友人に借りたばかりの本を読み始めてまた仰天することになった。

友人からは、外国人が書いた東京に関する本、ということで、それはそれで正しいのだが、驚いたのはこの著者であるアメリカ人女性、アンナ・シャーマンが、時の鐘をモチーフに東京を追憶する本を書いたことだった。

鐘は鈴ではないが、鈴の巨大版とも言える。

江戸時代に鐘には大事な役割があった。

時を知らせることである。

そのおかげで江戸人はいつ起きて、仕事をして食事をして眠るのかを知ることができたのである。

シャーマンは、現存する時の鐘をめぐり、そして失われてしまった時の鐘があったはずの場所に佇む。

江戸時代に時の鐘があったのは寺である。

今でも現存しているのは浅草寺(浅草)であり、寛永寺(上野)であり、大安楽寺(日本橋)であり、築地本願寺(築地)などなどであった。

シャーマンはその場所その場所を訪れ、人々に話を聞く。

その殆どのストーリーを私は知らない。

この本によって、日本の歴史を形作ってきた鐘の存在感がぐんと大きくなってきた。

江戸の時の鐘に思いを寄せつつ手元にある江戸時代の鈴を振ってみる。

これも歴史のロマンの一コマかもしれない。

「追憶の東京 ー異国の時を旅する」 アンナ・シャーマン著 吉井智津訳 早川書房 

The Bells of Old Tokyo Travels in Japanese Time by Anna Sherman