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2024.05.09
連載Artbook「STEVE HARRISON」出版への歩み Chapter 6 気づきと決断
Chapter 6 気づきと決断
私が美味しい野菜を作っている農家だとする。
その野菜はオーガニックで生育環境にも気を使い、作るのには、大変手がかかる。
そんな美味しい野菜を作っていて、その野菜を美しく撮影してくれるカメラマンもいる。
となると、その野菜の良さを人々に認識してもらうために足りないのは何か?
その野菜を使って美味しい料理を作ってくれる料理人であろう。
スティーブの本を作りたい。
スティーブのモノづくりにおける思想や哲学、長年にわたる彼の考え方をずっと聞いてきたし、作品もいつか本のために、と長年にわたって買い集めてきた。特に、彼自身のコンセプトがはっきりしている「作品」は手に入れてきた。
その作品を美しく、しかも物語性をも切り取った撮影をしてくれるフォトグラファーにも出会えた。写真に一点一点収めて、それらをアーカイブデータとして整理もしてきた。
本作りに必要な素材は全て揃っている。
あと足りないのは、その全ての材料を使って料理をしてくれる料理人である。
料理人というのは、素材を組み合わせ、その方向性を指導し、見え方など全てに気を配る総支配人のような立ち位置なのではないだろうか?
書籍制作における料理人とは編集者のことである。
私は正しい料理人に出会わなくてはならない。
ここまで時が経つと、どんな料理人でも良いわけではない。
ある意味、その素材に合った1番の料理法を知っている人こそふさわしいのである。
つまり、うつわの本を作っているエキスパート編集者である必要は全くなく、むしろ一流のものづくりの現場を知っている人であればそれで良い。
というのも、私が思うに一流の人たちの考え方には共通項があるからだ。
今まで、書籍制作のための編集者に出会えて来なかった気がしていた。その編集者は編集ができれば誰でも良いというわけではない。
ただ闇雲に編集者を探していた頃よりも、ずっと「こういう編集者」に出会いたいという目標値は見定まってきたような気もしていた。
2019年、ギャラリーに一人の編集者がやってきた。彼女こそ、今回のスティーブ本の編集者である株式会社キミテラスの田中敏恵さんである。
彼女はその時庄野潤三のことを調べていて、たまたま私のブログを見て、ギャラリーに興味を持ち、足を運んでくれたのだそうだ。ギャラリー久我と田中邸がご近所だったことを感謝したい。
田中さんと、ギャラリーでよもやま話をしていたのだが、彼女がフリー編集者だと知ったので早速スティーブの本のことを話してみた。私は今まで「編集者」という仕事をしている方全てに、本を作りたい話をしてきた。
すると「作りましょうよ。出版社は○○社が良いのでは?」と言ってくれる。
私は「是非よろしくお願いします」と答えた。田中さんのいう出版社は聞いたことはあった気がした。もちろん、よろしくお願いしながらも、そうは簡単にいかないことは今までの経験からも多少は学んでいた。
その後、田中さんとスティーブ本の話をする機会は案の定、というかなくなってしまったのだが、これもよくある話なので、私も特に気にはしていなかった。しかしたまたま行きつけのビストロが同じだったり、田中さんとは波長があったので、折に触れ会ってランチをしたり、飲みに行ったりイベントに出かけたり、逆に、彼女がギャラリーの企画展を見にきてくれたりなどの、お付き合いは断続的に続いていた。
そして2022年。
3月31日のこと。蔦屋代官山店のカフェで私は田中敏恵さんと会って、とんでもない提案を受けた。
すなわち、Gallery Kuga レーベルを立ち上げて、その第一弾としてスティーブの本を制作しよう、というのである。
Gallery Kugaレーベルを立ち上げる?
これって出版社を立ち上げるということか?
そんな大それたことができるのか?
どれだけコストがかかるのか?
などなど頭はありとあらゆる疑問でいっぱいパンク寸前である。
自分で出版レーベルを立ち上げる、これは流石にいかなるオプションとしても考えたことはなかった。
田中さんは言う。ギャラリー久我の美意識に基づいた本を出せば良いのだ、と。その第一弾がスティーブの本なのだ、と。
自分で思う通りの本を作るか、出版社からの制限がついた本を出すのかの二択だよ、と。
出版社から出す本の制限というのは制作期間であり、スケジュールありきで逆算する制作方法であり、結果関わる人数も多くなるのだと。
自分で思う通りの本を少数精鋭のチームで作る!これには不安よりもワクワクする気持ちが当然ながら勝ってしまう。
私の中で、このチャンスを逃したらおそらく本を作る機会は巡ってこないだろう、という囁きも聞こえてきた。
そう、この提案が「チャンス」、と聞こえてきた時点で私の心は決まっていたのだ。
これは「やろう!」と。
つまり「自分で思う通りの本を自分の出版レーベルを立ち上げて作ろう!」と。
ただ流石に一度は持ち帰り、帰宅し再検討はしてみたが、気持ちは変わらず。田中敏恵さんに「よろしくお願いいたします」とご返信したのは翌日あたりだった。
かくして、私はようやくスティーブの本を作るスタート地点に立ったのである。
●立ち上げた出版レーベルロゴ Gallery Kuga Editorial
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