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2017.11.15

Photo exhibition 『雄弁なるモノ』at White Gallery 11/23-28

Photo exhibition 『雄弁なるモノ』at White Gallery 11/23-28

11月23日より28日まで、千駄木のWhite Gallery にて写真展『雄弁なるモノ』を開催いたします。
この写真展は、昨年フォトグラファーのTomoko Osadaさんと結成しましたユニット、WANDELの活動になります。
お時間ございましたら是非ご来場ください。
WANDEL HP : www.wandel.tokyo
White Gallery HP: www.white-gallery.tokyo


雄弁なるモノ


子供が親を選べぬように
モノは持ち主を選べない

かれらは選ばれるのを待つのみ

持ち帰られてみれば

国が違い
時代が違い
素材が違う

モノと一緒に日々を過ごす

集められたモノによる世界観をそのひとのTasteと呼び
そのTasteを形作るモノたちが演技者になり
作られた舞台の上で芝居をした

思った以上に雄弁なモノたちに
驚かされたのは その持ち主だったそうな

2017.09.29

作家が「もの」を世に出すということ

作家が「もの」を世に出すということ


暑い夏も峠を越え、ようやく秋。
気持ちがひと段落すると、落ち着いてものごとに取り組めるような気がいたします。
今日は作家が「もの」を作り、それを世に出すということについて、私の経験をお話ししてみようと思います。

拙ギャラリーで扱っておりますイギリス陶芸家、スティーブ・ハリソンは、通常の陶芸家があまりやりたがらない塩釉の焼きのみでしか作品を制作しませんし、且つ受注を取ることもありません。受注を取ると、納品にばかり頭がいってしまい、制作への自由な想像力を阻んでしまうからだそうです。


しかし、以前から私はスティーブに抹茶碗を作っていただきたいな、と願っておりました。
茶の湯とは日本の総合芸術であり、お茶をいただくその一瞬は、一期一会であると考えられています。
そのコンセプトが、スティーブのお茶を味わう一瞬は、非日常であり、心を合わせる/または整える瞬間であるとする考え方とほぼ同じなのではないかと思ったからでした。

日本の茶の湯における美意識というのもまた面白い一面があります。お作法はきちんと決まっており、流派によって使うお道具も違ったりする複雑性がありながら、一方で「見立て」という独自のものの見方により、その『型』に時に違うものを時折、入れ込んだりすることも可能です。

見立て、とは文字通り、それ用に作られたのではないものを見立てて、転用するということを言います。
その昔から、韓国では雑器として扱われていた井戸茶碗が日本では茶人によって、大変珍重され、茶会のメイン茶碗として使用されたなんてことも度々ありました。
ですからスティーブの茶碗があれば「見立て」で使えるなあ、なんて夢見ていたのです。

しかしながら、スティーブは前述した通り受注を受けない作家さん。
彼が作ろうと思ったものしか制作しません。
そのような作家さんに「もの」を作ってもらうにはたった一つ、興味を持って自発的に作りたいと思ってもらうことしかありません。

ということで、スティーブに日本の茶の湯を説明するところから始めました。
資料や本、または萩焼茶碗をプレゼントし、興味を持ってもらうことに努力し始めたのが、私がまだイギリス在住であった2010年頃の話です。


2012年の来日時には、五島美術館、三井記念美術館、根津美術館などに一緒に行き、実際の茶碗をガラス越しに見てもらったりもしました。千利休の考え、人生などもお話しました。

そして初めて「作ってみたんだけど」と茶碗ができてきたのが2014年くらいのことだったと思います。

勉強家のスティーブは、一回見てきたものを自分なりに咀嚼し、再考し、それから
ようやく制作に入りますが、その後もなんどもやり直し、というプロセスをたどるので制作にはとても時間がかかります。
しかもその間にまた他のアイディアの虜になり、そちらの方に夢中になってしまい、それまで手がけた作品の制作は休むこともあります。

かようにして、まず作家が刺激を受け、その刺激にまつわる資料を学び、目で見て、学び、実際制作に入り、そこでまた試行錯誤をし、長い時間の後でようやく「もの」が世に出て、人々の目に触れるわけです。

今年ようやく、少しまとまってスティーブ抹茶碗をお披露目できることになりました。本当に嬉しく思います。

余談になりますが、作家の後ろには、コンスタントにものづくりを応援する家族のサポートも欠かせません。
スティーブははっきりと、「家族に問題があると制作には集中できない」と言っています。
変わらず、穏やかで規則正しい生活も、もの作りには大切なエレメントなのです。

私たちが目にする「もの」の後ろには、時に長い物語が隠されています。

 

2017.08.16

デレク・ジャーマンの家

デレク・ジャーマンの家

イギリスの砂漠、地の果てと呼ばれる場所、ダンジェネス。
ここには原子力発電所があり、危険区域と書かれた看板もあります。
そんな場所に、イギリスの思想家、映画監督、舞台デザイナー、園芸家でもあるデレク・ジャーマンが移り住んできたのは、自身のエイズ感染が発覚した1986年のこと。
それから7年後に彼は亡くなります。
しかし、亡くなるまでの8年間、休むことなく手入れされた庭には今でも彼の作品が残ります。

家の外壁には、16世紀の詩人、ジョン・ダンの詩が装飾されています。

 日の出

 ひたすらに務めて老いし 日の翁
 いかなれば かくやする
 窓に入り 帳をあけて吾らを訪なう
 汝の巡る時に従い 恋する時の終われとや
 賢しらに言あげて 学舎に
 遅れし子らと手を厭う弟子らを叱り
 犬飼いに王の出を告げ
 地の蟻を刈り入れに呼ぶ
 折り節も季節も刻も日も月も
 すべては時の切れ端 愛を知らず…. 
 汝と吾らがかくは契れば
 汝の幸は半ばにてやむ 哀れやな
 汝は老いし いまははや憩いの時ぞ
 世を温む汝の務めは すでにして果たし終わりぬ
 ここに来て吾らに輝け されば汝はあまねく在ます
 この褥 汝巡る軸 かの壁ぞ汝の照らす空

ここダンジェネス、そして今では主人のいなくなった家には不思議な、乾いた寂しさがあります。
時は移ろい、そして人は来ては去り、それでも景色だけは変わることなく訪れた人々を迎えてくれるー諦念の中にほの見える希望を感じさせてくれる家でした。

 

 

2017.08.07

ホレス・ウォルポールの見た夢〜ストロベリーヒルハウスを訪ねて

ホレス・ウォルポールの見た夢〜ストロベリーヒルハウスを訪ねて

Horace Walpole(1717-1797)はイギリス初代の宰相の3男で、アートに造詣の深い政治家であり、著述家であり、コレクターでもありました。
彼が1747年にロンドン南部に見つけ、それから50年もの間、手を入れながら別荘として住み続けたテムズ川沿いの家こそ、300年近くにわたって今もなお人々をひきつけてやまないリヴァイヴァルゴシック建築のストロベリーヒルハウスです。
イートン校からケンブリッジ大を卒業したウォルポールは当時の貴族の子弟には必須であったグランドツアーでイタリアの地を訪れています。
イタリアのヴェネツィアとパドヴァを結ぶブレンタ川沿いにはかの有名な建築家・パッラーディオの立てた壮麗な館が並んでいたので、ウオルポールもストロベリーヒルハウスと、そしてご近所だった詩人のアレキサンダー・ポープの館が並ぶテムズ川を『我らのブレンタ』と名付けておりました。
イギリスでのアカデミックな人々が住む川と洒落ていたのでしょう。
ストロベリーヒルハウスを改装するにあたって、ウオルポールは、Committee of taste(審美委員会)を発足させ、親しい友人3人とともにその任に当たっています。
ストロベリーヒルハウスは、一部屋一部屋にエスプリと当時の知識が詰まっています。
扉はカンタベリー大聖堂から、天井はウインザー城の女王の間からデザイン拝借、などなど。
アンティークや美しいミニチュアや絵画のコレクターでもあったウオルポールは、特別コレクション展示のための部屋も作りました。そこには鉄の扉がつき、コレクションを見たい友人から入室料をとっていました。
ウオルポールの館は全てに神経が配られておりますが、中でもウォルポールの自室からは素晴らしい景色が見えるよう工夫されており、ここからウォルポールは生涯にわたって4千通の手紙やゴシック小説『オトラント城奇譚』を発表しています。
このストロベリーヒルハウスは大評判になり、見学者がひっきりなしに訪れたと言われています。
ウォルポールの死後、1847年に彼のコレクションはオークションにかけられ、あるアメリカ人のコレクターが多くを買い求め、彼の死後、エール大学に寄贈されました。
ストロベリーヒルハウス自体は時代の流れとともに、持ち主も変わっていきましたが、最終的に今は財団となり10年かけての大修復も終了し、かつての美しい姿を取り戻しました。
ウォルポールの情熱を今でも訪れる人は感じることができるのです。
思いがけずに得た喜び、発見をSerendipityと言いますが、奇しくもその名付け親はウオルポールでした。

 

2017.05.28

Steve Harrison作抹茶碗での茶の稽古

Steve Harrison作抹茶碗での茶の稽古

英陶芸家、Steve Harrison氏が来日につき、私どもで数日お世話させていただきました。
ちょうど、東博で大々的に『茶の湯』展を開催していたので、ご夫妻をお連れすることが
でき、また彼なりの良い刺激を受けたようです。
前回の来日時(2014)に、自作の抹茶碗を頂戴したことがあったので先週末には私のお茶の
丸山先生にお願いして、お濃茶の稽古の際使っていただきました。
鉄が混じったような黒目の土を使ったせっ器の茶碗で、銘は「時雨」。
銘の言われは、見込みから茶溜まりに至るまでの景色が時雨を思わせるところからきていま
す。
お茶の先生もとても面白いね、と言ってくださりこの日の稽古はことのほか印象深いものに
なりました。